グリーフケアは「死別」だけじゃない ー 失われた日常に、もう一度居場所をつくるということ

はこぶねグリーフケアは「死別」だけじゃない ー 失われた日常に、もう一度居場所をつくるということ

私がグリーフケアに関わるようになったきっかけは、「死別」だけではありませんでした。

夫の転勤先での流産という深い喪失体験。
そしてその後に続いた、DV・モラハラ・金銭トラブル・離婚という現実。

それは「誰かが亡くなる」という形ではないけれど、
確実に“人生の一部”が失われていく体験でした。

信頼していた関係性。
安心できる居場所。
日常の暮らし。
家族という形。
未来のイメージ。

これらが一つずつ壊れていくとき、人は「悲しみ」と同時に、
説明のつかない喪失感・空虚感・無力感を抱えます。

それは、まぎれもなくグリーフ(喪失体験)です。

グリーフは「死別」だけではありません

グリーフケアという言葉は、まだ日本では「死別ケア」として認識されがちです。

でも、実際の現場では、

・乳がんで乳房を失うこと
・DVやモラハラで家庭の安全を失うこと
・離婚で生活そのものを失うこと
・経済的基盤を失うこと
・信頼関係を失うこと
・安心できる居場所を失うこと
・引越しで親しみある土地から離れること

これらすべてが、深いグリーフ体験です。

「生きているのに失う」

この喪失は、死別と同じくらい深く、長く、心に影響を残します。

そして、誰にも本音を話せない現実

DVや離婚の渦中にいると、
めったなことでは友人知人には話せません。

「助けて」と言いたくても、
見栄や怖さ、勇気のなさで言えなくなります。

噂になったらどうしよう。
家族が何か言われたらどうしよう。

そして、社会の役割分担の中では、

・警察は「安全管理」
・裁判所は「手続き」
・弁護士は「法的整理」
・行政は「制度対応」

すべてが“処理”になります。

でも、心は処理できません。

苦しさ
怖さ
怒り
混乱
虚無感
孤独感

それを、そのまま出せる場所が、ほとんどありません。

「誰にも迷惑をかけられない」
「強くいなければならない」
「ちゃんとしなければならない」
「離婚するのは間違いだと言われる」

そうやって、多くの人が一人で抱え込んでいます。

だから、グリーフケアとして「話していい場所」をつくります

私は、

解決する場所ではなく、
正解を出す場所でもなく、
アドバイスをする場所でもなく、

ただ、

話していい場所
沈黙していい場所
泣いてもいい場所
怒ってもいい場所
何も言わなくてもいい場所

をつくりたいと思っています。

名前をつけるなら、
「心の避難所」です。

グリーフケア士として
流産・死産支援の現場に関わり、
喪失の現場に立ち会ってきた者として、

そして自分自身の経験から、
1対1で、死別以外のグリーフも安心して話せる場を
つくりたいと思いました。

グリーフケアは「生き直し」の支援

グリーフケアは、悲しみを消すことではありません。

失った現実とともに、生き直していく力を取り戻すこと。

そのプロセスを、
一人でやらなくていい場所をつくること。

それが、私の「はこぶね」の役割です。

誰にも言えなかったことを、言葉にしていい。
誰にも見せなかった涙を、出していい。
誰にも弱さを見せられなかった人が、安心して弱くなれる場所。

怒り、悲しみ、弱音を吐く自分を受け入れることの大切さを伝えたい。

もう一度、心から「生きていること」に感謝できる自分を
取り戻せるように後押ししたい。

嵐をただよう船の、
心の羅針盤のような存在になれたらと思っています。