銀から金に変わるスプーン ― 息子のひと言から思い出した『七つの星』と、利他の心

先日、無事にエイサーを初披露することができました。
私が所属している三線サークルで親子一緒にエイサーを踊ることになり練習して披露しました。
まずは無事に終わって、ほっとひと安心。
その帰り道、知り合いのカフェへご飯を食べに行きました。
そのカフェは、機械設備の故障でしばらく臨時休業していて、久しぶりの営業再開。
すると、かき氷をサービスしてくださいました。
「やったー」
と、息子と一緒にいただいていたときのことです。
息子がスプーンを見ながら、ふと、
「銀から金にかわるスプーンに似ている」
と言いました。
銀から金?
スプーン??
一瞬、何のことか分かりませんでした。
でも、私の頭の中をぐるぐる、ぐるぐる……。
そして、
「あ!」
一つの物語にたどり着きました。
トルストイの『七つの星』です。
木のひしゃくが、銀に、そして金に
『七つの星』は、教科書にも掲載されることがある有名な物語です。
大変な水不足の中、病気のお母さんのために、女の子が水を探しに出かけます。
やっと手にした大切な水。
けれど帰る途中、喉が渇いた犬に出会います。
女の子が犬に水を分けてあげると、木のひしゃくは銀のひしゃくに変わります。
家に帰って、お母さんに水を差し出すと、お母さんは自分ではなく娘に飲ませようとします。
すると今度は、銀のひしゃくが金に変わります。
そして、女の子自身も喉が渇いているのに、そこへ現れた旅人に水を差し出します。
すると、ひしゃくから七つのダイヤモンドが現れ、清らかな水があふれ出します。
七つのダイヤモンドは空へ昇り、星になりました。
北斗七星です。
そしてその村はその水のおかげで豊かになりました。
そんな物語です。
息子が言った、
「銀から金にかわるスプーンに似ている」
は、この物語のことだったのです。
ましてや、私に当然知っているよね?という口ぶりで話しているとなると、
一緒に絵本を読んだ物語なんだなと思い、ぐるぐる回った私の頭の回路は無事に答えを導くことができました。
よくできました、私!
そして、息子よ、よくその物語を覚えていたね。
私は、ちょっとうれしくなりました。
絵本育児を続けてきて
私は息子が赤ちゃんの頃から、たくさんの絵本を読んできました。
息子が文字に興味を覚えだしたことをきっかけに
歌絵本「よくたべるこは」という思い出の自作歌の絵本も出版しました。
そして、小学生になった今でも、一緒に図書館へ行って絵本を借りてきて、
毎日ではないけれど寝る前に絵本の読み聞かせをします。
・・・いつまで読むのか。
私は、
「もう読まなくていいよ」
と息子が言うまで、読んでもいいと思っています。
一緒に絵本を読む。
「これ、どう思う?」
と話す。
笑う。
ときには、物語について考える。
そして、そのまま眠りにつく。
一日の最後を幸せな気持ちで終えて、眠る。
私は、それって最高だと思うのです。
絵本を読んだからといって、すぐに何かができるようになるわけではありません。
何年も前に読んだお話なら、忘れていることだってたくさんあります。
でも今回、
「銀から金にかわるスプーンに似ている」
という息子のひと言を聞いて、
ぱあっと息子と布団の中でこの物語が掲載されている物語集の本の読み聞かせをしている情景が浮かびました。
息子もこのスプーンをみて、この物語が浮かんだのでしょう。
絵本の中で出会った言葉や物語は、子どものどこかに残っていることがあるんだなあと思いました。
思いがけない日常の中で、ふっと顔をだす絵本の一場面。
やっぱり絵本は好きです。
大人になった私が、もう一度『七つの星』を読むと
子どもと読んでいた頃には、
「人に優しくするお話」
くらいに感じていたのかもしれません。
でも、大人になった今の私がこの物語を読み返すと、また違ったことを感じます。
女の子は、お母さんを思う。
犬を思う。
そして、自分とは関係のない旅人にも水を差し出す。
誰かを思う気持ちが、自分のすぐ近くにいる人から、少しずつ外へ広がっていきます。
それを考えていたら、
「利他の心」
という言葉が浮かびました。
誰かのために何かをすること。
見返りがあるからではなく、
「この人のために」
「誰かの役に立てたら」
と思って動くこと。
そして、ふと自分自身のことを考えました。
どうして私は、こんなことをしているんだろう
私は今、離婚して、決して金銭的に余裕がある時期ではありません。
それなのに、自分の時間もお金も使って「花はすマルシェ」を開催しようとしています。
Mrs of the Year 2026の日本大会にも出場することを決めました。
地元の公民館で三線サークルのみんなと三線を披露し、
息子をまきこんでエイサーを披露して喜んでもらっています。
正直、
「どうして私は、こんなにいろいろするんだろう?」
と、自分でも分からなくなることがあります。
もっと自分のためだけに時間やお金を使えばいいのに。
もっと楽に生きてもいいのに。
いろんなことを辞めたくなる時があります。
ふとそんなときは出会ったグリーフ経験者の方々の言葉が浮かんでくるのです。
そして、それでも、やりたい。という想いにいきつくのです。
流産や死産を経験した方が、一人で悲しみを抱えなくてもいい地域にしたい。
グリーフケアという言葉を、もっと知ってもらいたい。
木育を通して、子どもたちに木や森、自然とのつながりを伝えたい。
自分が経験したことや学んだことが、誰かの役に立つのなら伝えたい。
そして、この秋には、私が書いた歌絵本『よくたべるこは』の原画とともに、
「― めぐる いのちの記憶 ―」
という展示をします。
ここ数年、私が続けてきたグリーフケア。
MOKUMOCOでの木育。
親子の学び舎くるみで、子どもたちと一緒に取り組んできた野菜づくり。
一見すると、それぞれ違う活動です。
でも、私の中では、どこかでつながっています。
生まれること。
育つこと。
食べること。
失うこと。
記憶すること。
そして、また次の何かへつながっていくこと。
そんな活動の中で見たり、感じたり、考えたりしたことからインスピレーションをもらい、今の私に描けるもの、つくれるものを展示しようと思っています。
そう考えると、今回の展示につけた「めぐる」という言葉も、今日考えていた「利他」や「恩送り」と、どこかでつながっているような気がします。
誰かから受け取ったものが、自分の中に残る。
それが、言葉になったり、活動になったり、絵になったりする。
そして、それをまた誰かが受け取ってくれる。
いのちだけではなく、想いや優しさも、めぐっていくのかもしれません。
今日、『七つの星』を思い出していて、
「ああ、私は『利他』というものを大切にしている人間なのかもしれない」
と、少し自分のことが分かった気がしました。
もちろん、だからといって自分を犠牲にし続けることが「利他」だとは思いません。
自分が倒れてしまったら、続けられないからです。
自分も大切にする。
そして、できる範囲で誰かのために動く。
私がしたいのは、そんなことなのだと思います。
私一人では、できない
そしてもう一つ、忘れてはいけないことがあります。
私の活動は、私一人ではできません。
花はすお話会の活動にも、
MOKUMOCOの活動にも、
花はすマルシェにも、
Mrs of the Year 2026の日本大会参加にも
私の新しい挑戦にも、
応援してくださる方がいます。
手伝ってくれる人。
声をかけてくれる人。
場所を貸してくれる人。
「応援しています」と言ってくれる人。
私が誰かのためにと思って動いているつもりでも、振り返ると、私自身もたくさんの人から支えてもらっています。
もしかすると、利他というのは、
一方から一方へ与えるだけのものではなく、巡っていくものなのかもしれません。
誰かから受け取った優しさを、また別の誰かへ。
その人から、また次の誰かへ。
私は以前から、それを「恩送り」と考えてきました。
今日、息子のひと言から久しぶりに思い出した『七つの星』は、私が今していることとも、どこかでつながっているように感じました。
絵本の種は、いつ芽を出すか分からない
それにしても。
今日の始まりは、カフェでもらったかき氷に添えてあった金スプーンです。
そこから、
銀のひしゃく。
金のひしゃく。
『七つの星』。
利他の心。
花はす。
MOKUMOCO。
自分の生き方。
ずいぶん多くのことを考えてしまいました(笑)。
でも、これも絵本の力なのかもしれません。
幼い頃に一緒に読んだ物語が、子どもの心のどこかに小さな種として残っている。
いつ芽を出すのかは分かりません。
何年もたって、
何でもない日の、
何でもないスプーンを見た瞬間かもしれない。
だから私は、これからも息子が、
「もう読まなくていいよ」
と言うまでは、とことん絵本の読み聞かせを続けていこうと思います。
一緒に読んで、
考えて、
笑って、
幸せな気持ちで眠る。
そして、いつかまた、
「あの絵本に似ている」
なんて言葉が、ふっと出てきたら。
そのときはまた、一緒に物語を思い出してみようと思います。
そして、私のブログが読んでいただいている皆さんにとって心の種になったら幸いです。


